オンチャンはゆく

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Category : [旅 写真] 東京



[ 東京都港区海岸1丁目  ]


竹芝桟橋の前の広場には、 船のマストのオブジェが立っちょります。

初代・日本丸のマストのレプリカだそうじゃき。

実物の初代・日本丸は「横浜みなとみらい21地区」に、日本丸メモリアルパークとして保存展示されちゅう。


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[ 東京都港区海岸1丁目  ]


朝起きたら天気が良かったき、ホテル横の竹芝桟橋をちっくと散歩して見たが。

朝早いき、人影はまばらじゃけんど、そんでもこの近くのマンションの住人じゃろうけんど、犬を連れて散歩をしゆう姿がチラホラ見受けられたがやき。

対岸に見えちゅうがは、レインボーブリッジとお台場やか。

今じゃー「観光スポット」の1つやけど、そもそもは東京港の海底を掘削した際の残土により埋立が進められ、「13号埋立地」と呼ばれちょった場所で、オンチャンが知っちゅう1975年頃は唯一「船の科学館」はあったけんど、残土と草ぼうぼうの他になんちゃー無い場所で、行きかう車と言うたら「中央防波堤」と呼ばれちょった「ちり(ゴミ)処分場」に向かう”ちり清掃車”がひっきりなしに走りまっちょったががを思い出すがです。

この周辺の人工島は1950年代後半からちりの埋めたてで出来、中にゃ「夢の島(14号埋立地)」や「新夢の島(15号埋立地)」とゆうた、なんぼもイメージアップのために付けられた名前の島もあるけんど、現実はちりで埋め立てられた人口島やか。


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[ 東京都港区港南2丁目  ]


ちっくと前、東京に仕事で出向いた際、久しぶりに飲み会をとゆう事になり、以前事務所のあった品川駅で待ち合わせをすることになったが。

2年ぶりの品川駅に行って見たら、その変わりようの速さにビックリしたもんやか。

毎日見続けちゅう”とぎ”(仲間)にゃ、日々の変化は然程気にもならんようやったが、いっさん田舎に引っ越したもんから見ると、行きかう人の多さと言い、駅周辺の変わりようは、まさに浦島太郎的な気分やっががぜよ。・・・・・一寸オーバーかぇー(^^ゞ


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[ 東京都大田区羽田空港3丁目  ]


羽田空港「BIG BIRD」内のスナップ写真やき。

普段は、出発ロビーや到着ロビーに行っても、忙しない時間の中で行き来する程度で、ショップやレストランのあるエリアに足を運ぶことはあらんかったけんど、偶々、空港に着いて出発までの時間があったがで、ちっくとブラついて見ちゅうがです。


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[ 東京都台東区上野公園  ]


これも、あるとゆう話は聞いちょったけんど、見るのは初めてになる「上野大仏」ながやき。

上野大仏は、寛永8年(1631)に越後・村上藩主「堀直寄」氏が建立したものがで、その後、正保8年の地震被害、天保12年の火災に見舞われますが、そのつど修復をされちゅう。

その後の、安政2年の安政の大地震の際にゃ、頭部が倒壊してしもうたそうやけど、再び「堀」氏が修復したそうやか。

現在は顔の部分しか残っちゃーせんがは、関東大震災で頭部分が落ちたため、修復をしやーせんで、胴体部と頭部を別々に保存しよったがやと。

けんど、太平洋戦争の時に金属不足で軍部に接収され、鉄砲の弾になったがか何に化けたのか判りやーせんけんど顔のみ残され、昭和42年に現在の形で安置されてるようなが。

この「上野大仏」も、戦争の被害もんやきー。


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[ 東京都台東区上野公園  ]


これも今回初めて気がついた銅像で、上野公園の木立の中にひっそりと建っちゅう。

野口英世は、明治9年11月9日、福島県猪苗代湖畔の農家に生まれ、北里伝染病研究所を経て、渡米しロックフェラー医学研究所で研究を重ね、国際的にも高い評価を受けたがです。

その後、中・南米やアフリカに赴き、黄熱病の研究中に自らも感染し、昭和3年に現在のアフリカ・ガーナ国の首都アクラで亡くなっちゅう。

享年53歳やった。

結構大きな銅像で、高さが約4・5mもあり、何故この上野の杜に建っちゅうのか経緯は不明やけど、昭和26年に野口英世銅像は序幕されたそうやか。

台石にゃラテン語で「PRO BONO HUMANIGENERIS」(人類の幸福のために)と刻まれちゅうがです。


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[ 東京都台東区上野公園  ]


オンチャンも2年程前まで東京におったけんど、こんな所に所にこんなもんが・・・・って、物があるがやきー。

こないだ、東京に行った時に気がついた物をチックと紹介するがやき。

子供の頃、夏休みになると朝眠い眼をこすりながら毎朝6時に近くの神社の広場によってラジオ体操をし、参加した日にゃ参加した印のスタンプを押したちろうたがやか。

そいて、しまいの日にゃ確か「ノート」らぁ「鉛筆」を貰うた記憶があるが。

そのラジオ体操に関する「ラジオ体操ひろば」なる碑を、上野公園で見かけたがやき。

場所は上野公園噴ぶんぶ広場交番横にあるけんど、平成3年に建てられたようで、毎年「春分の日」に都内各地から大勢の愛好もんが参加して、早朝のひととき「ラジオ体操」を楽しむがじゃと。

碑にゃこの場所とラジオ体操の詳しい関係は書かれちゃーせんけんど、毎朝「ラジオ体操」はしゆうがじゃろうと思います。

因みに、「ラジオ体操発祥記念碑」とゆうのも別にあって、此方は秋葉原の方にかぁーらんがぜよ。


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[ 東京都立川市緑町・立川昭和記念公園  ]

今日の東京はかなり気温が上がり、夏のような陽気になってたがです。

丁度、桜は身頃を過ぎて、風で桜吹雪の乱れ散りでしたが、チューリップやポピー、菜の花などが彩りよく咲いちょり、園内各所で家族連れ達が春満開を楽しんじょりました。







ありがとうございました。

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[ 東京都台東区上野・上野公園   09.03.08 ]

ソメイヨシノじゃないと思うけんど、結構彼方此方に咲いちょりました。

 





ありがとうございました。



[ 東京都中央区佃1丁目 ]

隅田川から引いた船溜りに浮かぶ船と、船宿の裏側に佃島の鎮守・住吉神社の屋根が見える、古い時代の一画です。

奥は、佃公園の緑の森を挟んで、近代的なリバーポイント・タワー(左)やスカイライト・タワー(右)などの超高層タワーマンションが立ち並び、新旧入り混じった空間です。


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[ 東京都中央区佃1丁目 ]

古い町並みの向こうに、高層マンション群が林立し、開発が進む一角です。

生活空間の利便性を求めて、どんどん古いものが取り壊されていくのも、どうかと思うがです。

何年か経ったら、きっとこの風景もなくなると思うき。


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[ 東京都中央区佃1丁目 ]

熱々の白いご飯のお供「佃煮」を嫌いな人は少ないと思うけんど、発祥はここ佃島ですき。

「織田信長」が本能寺で明智光秀に襲われた時、「徳川家康」は光秀の手から逃げるため急遽「堺」から海路”三河”への脱出をしたがですが、その時船がなく困っちょった家康一行に手持船や漁船を集めて来たのが、摂津国佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁民じゃったそうです。

1603年に家康が江戸幕府を開いた時、この「佃村」の漁民33人を江戸に呼び、石川島に近い島を居住地として与え、故郷の佃村に因み「佃島」と名付けられたがが始まりです。

「佃煮」の始まりは、天候が悪く漁が出来ん時の保存食として、魚類を塩辛く煮込んだのが始まりで、その後、醤油を使用して醤油煮となったようです。

この「天安」さんも、天保8(1837)年創業で、初代が安吉という名前だったことが、「天安」の屋号の由来じゃそうでして、発祥の地「佃島」で老舗の「のれん」を守る1件ながです。


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[ 東京都千代田区丸の内 ]

桔梗門から坂下門にかけて広がっちゅうのが「蛤濠」です。

ここら辺だけ石垣の一部の色が違うちょって一寸綺麗じゃき。

それに石垣の積み重ね方がよう判るがですが、 直方体の角石を長短交互にに積み上げ「算木積み」ちゅうて、より強固な石垣の積み方だそうじゃき。(右角の白い石の部分を見れば判るぜよ)

写真左奥が、坂下門方面で建物は宮内庁です。

「坂下門」と言うたら、「坂下門外の変」が有名じゃあねー。

「桜田門外の変」で大老・井伊直弼が暗殺された後、老中・久世広周と共に幕府の実権を握った安藤は、開国路線を継承し幕威を取り戻すため公武合体を推進し、幕府は和宮降嫁を決定したきに、「尊王攘夷志士」らはこれに反発、憤激したがです。

万延元(1860)年7月、水戸藩の西丸帯刀・野村彝之介・住谷寅之介らと、長州藩の桂小五郎・松島剛蔵らが連帯行動する盟約(水長の盟約・成破盟約・丙辰丸の盟約)を結び、安藤暗殺や横浜での外国人襲撃等を計画したけんど、この期におよんで長州は藩内事情が許さんと言う理由から、水戸側は”長州の後援無し”に単独行動を起こす事となるがです。

文久2年(1862年)1月15日、安藤老中の行列が登城するため藩邸を出て坂下門外に差しかかると、水戸藩浪士・平山兵介、小田彦三郎、黒沢五郎、高畑総次郎、下野の医師・河野顕三、越後の医師・川本杜太郎の6名が行列を襲撃したがです。

しかし「桜田門外の変」以降、大名の警備は厳重になっちょったため、安藤老中は負傷をしただけで、切りかかった浪士ら6人は暗殺の目的を遂げる事なく逆に闘死したがです。

これが、「坂下門外の変」と言う幕末に起こった騒動です。


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[ 桔梗門 ]

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[ 巽櫓(手前)、大手門(奥) ]

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[ 巽櫓(手前)、大手町方面(右側) ]


[ 東京都千代田区丸の内 ]

「桔梗濠」沿いには枝垂柳が植えられちょりまして、白鳥も泳いでいたりします。

桔梗門から先には立入り禁止で、皇居の参観時とか年始の宮中参賀の際の、出口専用の門じゃそうです。

江戸時代はこの桔梗門は三の丸に入る際の南門で、内桜田門と言うのが正式名称だそうで桔梗門と言うのは通称じゃそうです。

太田道灌の桔梗紋の屋根瓦がこの門に残っちょったからとか、諸説あるようです。


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[ 東京都千代田区丸の内 ]

5月頃の園内に咲く花達ですが、この時期の1番はツツジでしょうねー。

花以外にも、赤穂四十七士の討ち入り事件の発端となった「松の廊下跡」や、天守閣跡等もありますき、陽気がよくなったら一度訪れて見てはどうじゃろうねー。


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[ 東京都千代田区丸の内 ]

園内の中間辺り、二の丸から本丸に続く坂道が「汐見坂」で、昔はこの坂から海が見えたそうです。

と言うのも、江戸時代の海岸線はもっと入り込んじょって、新橋から皇居前広場近くまで入江が広がっちょたそうです。

また白鳥濠が園内の中に孤立しちゅうがは、寛永12年に二の丸拡張工事の時に白鳥濠を残して埋められたがですと。


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[ 東京都千代田区丸の内 ]

この園内で一番異彩を放つ建物は何だと思うぜよ・・・・・!

音楽好きじゃった香淳皇后の還暦記念として昭和41年に造られた音楽堂で、花弁を形どつた屋根と八面体の珍らしい建物で、外壁は大きく羽ばたく鳥ををモチーフに、日月星・衣食住・風水火・春夏秋冬・鶴亀・雪月花・楽の音・松竹梅の絵柄が描かれちゅうがです。

因みに香淳皇后は、現代の天皇「今上天皇(第125代天皇)」のお母さんですき。

近くの、紅葉の木には花が咲いちょりました。・・・・・・撮影5月ですき。


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[ 東京都千代田区丸の内 ]

桜の時期が終われば、ツツジが鮮やかに新緑の中に花開きます。

この「二の丸庭園」は徳川三代将軍」家光の時代の回遊式庭園を復元したものじゃそうです。


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[ 東京都千代田区丸の内 ]


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[ 東京都千代田区丸の内 ]

東京におる人でも、「皇居東御苑」に行った事がある人は、意外と少ないがと違うやろうか。

旧江戸城の中心部じゃった本丸・二の丸と三の丸の跡が皇居東御苑として開放さちゅうがですき、一寸した穴場ですき、チックと紹介をしようと思いよるがです。

兎に角、東京駅の目の前で交通の便も良いけんど、昔の江戸城内の一部でして、無料ですき。

写真は大手町側の入り口で、大手橋を渡って大手門から中に入れます。

江戸時代に、勅使の参向や将軍の出入り、諸侯の登城などは、この門から行出入りすりがが正式じゃったがです。


3月1日〜4月14日 : 午前9時〜午後4時30分(入園は午後4時まで)  

4月15日〜8月末日 : 午前9時〜午後5時(入園は午後4時30分まで)

9月1日〜10月末日 : 午前9時〜午後4時30分(入園は午後4時まで)

11月1日〜2月末日 : 午前9時〜午後4時(入園は午後3時30分まで)


但し、休園は月曜日と金曜日(天皇誕生日以外の「国民の祝日等の休日」は公開)
 
なお,月曜日が休日で公開する場合には,火曜日を休園します。

12月28日から翌年1月3日までと、行事の実施その他やむを得ない理由のため支障のある日


5月の連休の頃の”ツツジ”とか6月頃の”菖蒲”などええぜすよ。
 

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[ 東京都中央区月島 ]

月島の西仲通り商店街、通称「もんじゃストリート」から一歩路地に入ると、観光客の喧騒から切り離された道幅の狭い路地と、低い屋根の続く玄関前に並ぶ鉢植え。

まだ此処には四季を感じる空間があり、寄り添って暮らす庶民の生活感が漂う。

どことなく懐かしい昭和の風情が残り、昔なつかしい日本があるがです・・・・・此処も下町。








別館も覗いて見て下さい。


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[ 東京都中央区月島 ]

月島の西仲通り商店街、通称「もんじゃストリート」。

レトロな雰囲気の通りには、創業当時の味を守る名店からオリジナルメニューが豊富な店まで、もんじゃの名店が多数軒を連ねちゅうがです。

発祥は寺子屋で小麦粉をといたものを文字の形に焼き、食べさせながら文字を覚えさせたという
のが、文字焼き→もんじ焼き→もんじゃ焼きの由来なそうで、戦後は駄菓子屋で食べるおやつじゃったそうです。

最初、食べるのに抵抗があったけんど、食べてみたら美味しかったがぜ、今では、修学旅行等の観光客も多く訪れる、グルメスポットに大変身しちゅう。








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[ 東京都中央区佃1丁目 ]

佃大橋の上流側から撮った隅田川です。

右側のビルは「聖路加ガーデン・セントルークスタワー」で、隅田川奥(東京湾方面)に架かる橋は、勝鬨橋ながです。

ここいら辺も、日々変貌しちょります。


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[ 東京都千代田区丸の内2丁目 ]

明治生命館は,1934(昭和9)年に完成した洋風建築物で、鳩山邸・歌舞伎座・黒田記念館・博報堂等の設計で知られちゅう、様式建築の鬼才と言われた「岡田信一郎」の代表作であり遺作ながです。

重厚な石造りで、5階までを貫いているコリント様式の柱(写真の柱)が圧巻である外観です。

戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収され,1956(昭和31)年にやっと返還されたがです。

元々、「明治生命」は旧三菱財閥グループの保険会社ですけんど、2004年1月に旧安田財閥グループの「安田生命」と合併し、現代の「明治安田生命保険相互会社」になっちゅうがです。

1997(平成9)年に、歴史的建造物として、国の重要文化財に指定されたがです。


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[ 東京/新宿区 ]

これも何年か前の蔵出し写真ながです。

新宿駅の南口にある「新宿サザンテラス」と「タカシマヤ タイムズスクエア」のイルミネーションです。


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プロフィール

オンチャン

Author:オンチャン

[拠点]
土佐を脱藩して幾年月か経つちよったけんど、2007年にやっと土佐に帰藩したがじゃき。
そんでも仕事で諸国行脚に、チョコチョコ出かけちゅう。
[嗜み]
好きな音楽はジャズとボサノバ、それに写真と旅が好きじゃねぇ。
[使命]
明日を目ざいて、諸国をアッチへ行ったり、コッチへ行ったり「東奔西走」しゆうが。



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[ Film-Camera ]
・CANON EOS-3
・CANON T-90


[ Digital-Camera ]
・CANON EOS-40D
・CANON G9


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・CANON EF28-135mm IS USM
・SIGMA APO MACRO 180mm
・SIGMA APO 135-400mm
・Tokina AF 18-35mm

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