
[ 徳島県名西郡神山町神領 ]
「雨乞いの滝」は”日本の滝百選”に選ばれちゅう滝ながです。
駐車場から、今にも滑りそうな急な坂道を≒1km(≒30分)ほど、汗だくになりながら登ると滝つぼにたどり着くがです。
下りるのはもっと大変で、膝ががくがくになりそうな急坂ですき、足回りの軽装は避けたほうが無難でぜよ。
雨乞の滝の名の由来は、一般的な雨乞いを祈ったもんで、この神山の雨乞い神事の場合は”踊り”を奉献し祈ったがじゃそうです。
水量が多い時は、落差45mの落差で落ちる轟音が、響き渡るがです。
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[ 東京都台東区浅草 ]
浅草の夏を締めくくる「浅草サンバカーニバル」は、毎年8月の最終土曜日に開催されゆうがでして、今年も今度の土曜日(8/29)に「第29回浅草サンバカーニバル」が開かれるがです。
1981年に浅草の街を元気にしようと、当時の台東区長である「内山榮一」と浅草喜劇出身俳優の「伴淳三郎」の発案により実施されたと言われちょります。
今では東京下町の夏を代表するお祭りのひとつにまで成長し、出場するチームも全国区になっちょり、本国ブラジルでも認識されちゅう、日本で最大のサンバカーニバルながです。
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[ 鹿児島県熊毛郡南種子町茎永 ]
種子島と言うたら、やっぱり”ロケット打上げ”で有名な「種子島宇宙センター」じゃねー。
この「種子島宇宙センター」の敷地内にある灯台が、「種子島灯台」で、ロケットの打上げや、エンジン試験の時意外は、自由に入れるきに行ってみいや。
この灯台からは、ロケット組立て棟や発射場など、「宇宙センター」の全景が一望に眺める事が出来るき。
写真は竹崎海岸側から撮った写真で、奥が「宇宙センター」ながです。
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[ 鹿児島県熊毛郡南種子町島間 ]
種子島から見た「屋久島」です。
屋久島は、種子島から最短距離で≒18km程の「種子島海峡」を挟んだ場所にあるき、鹿が泳いで渡ると言う話を聴いたことがあるくらい、直ぐ目の前に見える島なが。
お天気が良かったら、中央部に聳える日本百名山の一つで九州地方最高峰の「宮之浦岳」 (1,936m)も見えるし、数多くの1,000m級の山々を有し、「洋上のアルプス」の呼ばれちゅう島で、世界遺産に指定されちゅう。
けんど「世界遺産」になった事もあって、入山に伴う問題として、「トイレ」の問題や、指定された道をそれての行動により生態系が破壊されて行くと言う問題が噴出し初めちゅう。
尾瀬や白神山地、知床なども同様の問題を抱えちゅうけんど、人が多く入るようになればおのずと起こりえる問題に他ならない。
手付かずの自然を少しでも永く守り続けて行くには、モラルやマナーを少し忘れかけちゅう入山者たちの「入山規制」も必要じゃないがですろうかねー。
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[ 長野県駒ヶ根市赤穂・千畳敷カール ]
千畳敷カールちゅうがは、長野県駒ヶ根市と宮田村に広がる「宝剣岳」の直下のカール地形(圏谷)の事ながです。
2万年前の氷河期に”氷”で削り取られて出来た地形で、駒ヶ岳ロープウェイで登って来たら夏は写真のような残雪が残ちゅう中に、高山植物が咲いちょり、遊歩道を一周(40〜50分)する事が出来るき、手軽な高山散策の地として観光客が多いがです。
そうは言うても、岩場もある山じゃきそれなりに足回りは注意の事ですき。
駒ヶ岳ロープウェイは、麓の「しらび平駅」(標高16625m)から標高2612mの日本一の高さの場所にある「千畳敷駅」まで、7分30秒 で上がって来るがでして、その高低差は950m、全長2332mの空中散歩が楽しめるが。
此処へ来るには、ロープウェイ乗り場の「しらび平」までの道は、マイカー規制がかかっちょりますき、”菅の台バスセンター”で「連絡バス」に乗り換えて来るようになっちょります。
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[ 長野県木曽郡南木曽町吾妻・妻籠宿 ]
妻籠宿は、旧中山道42番目の宿場で、現在では木曽路を代表する観光名所として有名な所です。
中山道(なかせんどう)ちゅうがは、江戸時代の五街道の一つで、「中仙道」とも表記するがですけんど、昔・某テレビ局の女子アナが、この「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」とか「きゅうちゅうさんどう」と記憶に残る、読見間違えハプニングもあったがです。
此処に来ると、江戸時代の面影を色濃く残す軒並みが並び、タイムスリップしたような気分にもなるがです。
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[ 神奈川県横浜市中区元町 ]
元町1丁目から5丁目までの、中村川沿いの1本山側の”元町通り”を中心とする商店街の事を、「元町ショッピングストリート」と言うようですねー。
然程道幅の広くない通りの両側には、ヨーロッパ的なちっよ雰囲気の違う商店が並んじゅう。
1970年代にゃ「ハマトラ」(横浜トラディショナルの略)というファッションも創造した、おしゃれの発信基地なが。
「竜馬がゆく」にもあるけんど、龍馬が千葉道場で修行しよった時期、浦賀に「黒舟」が来て江戸中が大騒ぎになるがです。
その時、黒船の襲撃に備えて砲台で警備の一人として集結しちょった龍馬は、こっそり抜け出し浦賀まで黒船見物に出掛けるがです。
その当時の横浜はまだ「開港」しちゃーせんき、この元町周辺は”半農半漁”の村じゃったがです。
今のように発展したがは、「横浜開港」後、、居留者らが日常的に多く行き交うところとなり、外国人を対象に商売が盛んに行われるようになってからなが。
明治維新後の、日本の文明開化の出発点が此処にあると言うても過言じゃない場所の一つじゃねー。
因みに、中村川の上を覆うように架かる高速道路の反対側には、横浜中華街が広がっちょります。
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