- 05.30 Sat [[旅 写真] 東京] 不思議の国のオンチャンたち
- 05.28 Thu [[旅 写真] 東京] 明日の神話「岡本太郎」 - 宝の持ち腐れ
- 05.26 Tue [[旅 写真] 東京] 日テレ大時計 - 汐留シオサイト
- 05.24 Sun [[旅 写真] 東京] 虚栄のビル群 - 汐留シオサイト
- 05.22 Fri [[旅 写真] 東京] 汐留シティーセンター - 汐留シオサイト
- 05.20 Wed [[旅 写真] 東京] 亀の噴水 - カレッタ汐留
- 05.18 Mon [空旅] J-Air/Bombardier CRJ-200ER JA202J
- 05.17 Sun [[旅 写真] 奈良] 室生寺 - 女人高野
- 05.16 Sat [[旅 写真] 奈良] 長谷寺 - 花の御寺
- 05.15 Fri [[旅 写真] 奈良] 玄奘三蔵院伽藍 - 西ノ京

[ 東京都千代田区外神田1丁目 ]
此処は昼下がりの秋葉原。
神田明神通りの秋葉原だダイビルの入り口近くにあるオープンカフェ。
休憩を楽しむオンちゃんらー姿が、ビルのガラスの向こうの「異空間」に溶け込んじょりました。
時代の変遷と共に街自体が様変わりしてきた昨今。
今ではアニメやフィギュアが溢れ異空間になっちょり、昔オーディオ製品を求めて歩き回った電気街の面影は少しずつ消えていきゆう。
そんな若者たちの流れの中に、新しいビルが建ち、ネクタイ姿のビジネスマンの姿も違和感なく共存する街に様変わりして来ちゅう。
それだけ東京も一極集中しすぎて、昔あった街の個性がなくなりつつある証拠じゃねー。
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[ 東京都渋谷区渋谷2丁目 ]
大阪万博のシンボルタワー「太陽の塔」に並ぶ、岡本の代表作「明日の神話」じゃねー。
TVでは見たけんど、実物は縦5.5m、横30mのの巨大な壁画じゃった。
昭和29年(1954年)に、遠洋漁業に出ちょったマグロ漁船「第五福竜丸」の乗員23人が、ビキニ環礁で行われた水爆実験の死の灰を浴びる事件があったがです。
この壁画は「「第五福竜丸」の被爆した時の水爆の炸裂の瞬間をテーマにしちょって、悲惨な体験を乗り越え、再生する人々のたくましさを描いたとされちゅう。
実物を見とうて、3月に見に行ったけんど、圧倒されるスケールじゃったが。
場所は、渋谷マークシティの「京王・井の頭線渋谷駅」と「JR渋谷駅」を結ぶ連絡通路にある。
この壁画の恒久設置先を巡り、被爆地「広島市」や「長崎市」の市民団体、それと渋谷区が誘致運動を行ったけんど、最終的に渋谷が決まって此処に展示されるに至ったがです。
その一般公開は昨年2008年10月17日で、TVの特番等で流されたき記憶に新しいと思うがです。
一般公開時には、都会の「物珍しさ」と「新し物好き」の大勢のギャラリーが詰掛けたけんど、僅か半年足らずの現状は、行きかう人の波は多くても、壁画に目をやる”余裕”も”関心”もない通行人ばかりで、立ち止まる通行人さえおらんかった。
逆に、オンチャンの方が写真を撮りよった間、通行人からは奇異な眼で見られよったが・・・・・。
展示場所を間違えたねー。
この壁画も大勢の眼にふれ、観る者の心に「感動を残す」ような作品じゃと思うが。
「大勢の者」とは通行人の多さじゃないぜよ。
長崎の「原爆資料館」や広島の「平和記念資料館」のような場所で、大勢の眼に触れた方が「壁画」も生きるし本望じゃないがですろうか。
何でもかんでも「欲しがる」行為は、愚の骨頂(最も馬鹿げたこと)ぜよ。
ハッキリ言うて 此処には不釣合いで必要ない壁画じゃ・・・・・このままじゃ、ただの宝の持ち腐じゃねー。
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[ 東京都港区東新橋1丁目 ]
このエリアで一番人だかりが多いがが、「日テレ」の大時計の前じゃねー。
世界最大級のからくり時計じゃそうで、高さ10m、幅18m、奥行き3mの総重量が28tもあるがですと。
「宮崎駿」デザインらしゅうて、そう言われて見ちゃー「スタジオジブリ」の映画に出てきそうなイメージじゃき。
しかし残念ながら、このブログにUPするまで「からくり時計」じゃとは知らなんだき、どんな動きを知るのかは見ちゃーしません・・・・・(^^ゞ
「宮崎駿デザインの日テレ大時計」ちゅうサイトがあったき、そっちを見てみてや。
大まかな動きのイメージはつかめるき。
この時計の下で毎朝「ズームイン」が放送されゆうが。
日テレタワーを見上げて写真を撮りよったら、直ぐ脇に、人間をイメージしちゅうオブジェ(一番下の写真)があったけんどなんですろうー?
用途は「ベンチ」かよ???
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[ 汐留タワー(左)と、汐留シティーセンター(右) ]

[ 汐留タワー(左)と、日テレタワー(右) ]

[ 電通ビル(右)の鏡面ガラスに写り込んだ、汐留タワー(左) ]

[ ビルの配置 ]
[ 東京都港区東新橋1丁目 ]
JR新橋駅すぐ近くの「旧国鉄汐留貨物駅跡地」を利用した、再開発都市で、日テレタワー等13棟の高層ビルが一つの街並みを造り、各施設が地下通路と繋がっちゅう。
こうした衣食住じゃのうて、仕(仕事)・衣・食・住環境のまとまった施設と言うか街造りは「地方都市」ではありえんき。
出来たとしても、規模が違うよねー。
「人が集まるから街が出来る」は昔のことで、現在社会は便利さを追い求めた新たな複合施設を兼ね備えた都市開発が生まれるから、「人が集まる」し交通体系もさらに便利に繋がっていく。
地方は財源が無いから活力が衰退し、どんどん置いてけぼりじゃねー。
これまで何度か話題になっては消えた、行政機関の移転問題。
高速交通の利便性もよくなった今こそ、行政機関の移転に伴う都市機能や大企業の移転も含め真剣に議論して、一極集中じゃのうて、地方に財源が落ちるような仕組みにし、地方都市の活性化につなげるべき時代が来てるんじゃないかよ。
大店舗出店を有利にさせた悪政「規制緩和」の荒波に飲み込まれ、今や全国の地方都市の駅に降り立ったら、シャッターが閉ざされ寂れた商店街の閑古鳥の鳴きゆう。
地方は、財政難を含め重たい問題を抱え、沈没しかけている「難破船」ですき。
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[ 奈良県宇陀市室生区室生78 ]
近鉄大阪線の「室生口大野」駅からバスに乗り換え、山深い室生川沿いを走ること約15分でバス停「室生寺」に着きゆう。
バス停からは徒歩約5分ばあで、ようよう「室生寺」の入り口に到着ながじゃき。
室生寺は、8世紀の末期、僧「賢憬」が勅命により建立、女人禁制の高野山に対し万人の済度をはかり女性でもお参りが出来たとのことから、「女人高野」としても知られちゅうが。
また此処は、「石楠花」が有名で、石段の両側から覆いかぶさるように薄紅色の花を咲かせて「石楠花」の森が広がっちょった。
「石楠花」見ながら、石段を昇って行く”日本最小”として知られちゅう「五重塔」にたどり着くがじゃ。
この五重塔は、800年頃のがだそうで、石段の下から見上げると大きく見えるけんど、傍から見ると思ったよりこんまい塔で、高さが16m強とゆうから通常の五重塔に比べると1/3程度にかぁーらん。
1998年の台風7号の時ににゃ、強風で杉の木が倒れた際に屋根を直撃し、大被害を受けた事があったけんど、その後復旧されて元の姿を見ることができゆう。
此処から、更に奥にある「奥の院」までは長い道のりで、しまいにゃ400段近い急勾配の石段が待っちゅうがよ。
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[ 奈良県桜井市大字初瀬 ]
初瀬山の中腹に建つ本堂に向かって、長い回廊を昇ると本堂の舞台からは、初瀬街道沿いの門前町や僧坊が眼下に広がるがで。
此処は、西国三十三箇所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場としたち知られちよるけんど、「牡丹」の名所としたち有名じゃねー。
境内にゃ150種類以上、7、000株と言われる牡丹が満開になる頃にゃ、近畿近隣ははもちろんじゃけんど多くの観光客が訪れ、古くから「花の御寺」として名高いお寺やきねー。
また古典文学にも多く登場する場所でもあるがで。
「枕草子」、「源氏物語」、「更級日記」などが有名で、中でも「源氏物語」にある玉鬘の巻のエピソード中に登場する「二本の杉」は、現在も境内に残っちゅうようやき。
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[ 奈良県奈良市西ノ京町 ]
ご存知「西遊記」の三蔵法師のモデルとして有名な、中国唐時代の歴史上のお坊さんが「玄奘三蔵」やか。
三蔵法師の瑜伽行唯の教えは、東アジアに広まり、日本へは奈良時代に興福寺と薬師寺に伝来したとゆう事やか。
瑜伽行唯とゆうのは、心(識)ばあは仮に存在すると考え、深層意識の阿頼耶識が自分の意識も外界にあると認識されるものも生み出しちゅうと考え(唯識無境)、最終的にゃ阿羅耶識もまた空やきとする(境識倶泯)考え方のようやか。
ちっくと、難しい・・・・・(^^ゞ
この「瑜伽(ゆが)」とは、ヨーガの事やと。
一般的にゃ「ヨガ」と言うけんど、サンスクリットじゃー「ヨーガ」が正しいようやき。
その教えの流れを継承しちゅう宗派が「法相宗」で、薬師寺と興福寺が法相宗の大本山との事やき。
この「玄奘三蔵院伽藍」は平成3年に、分骨された「玄奘三蔵」の遺徳を顕彰するために建てられたもんやそうながです。
堂内にゃ、平成12年に平山郁夫画伯によって、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」が描かれちゅうが。
平山郁夫画伯が描いた壁画は、高さ2.2m、長さ49mの大壁画でして、中国からインドまでの「玄奘三蔵」の旅を7場面に描いた、スケールのふとい圧倒されるような壁画やか。
オンチャンが最初に行った完成後の平成13年は、1年間一般公開されちょったけんど、その後は期間限定の特別公開がされちゅうが。
今年平成21年は春の特別公開として、3月から6月15日まで公開されちゅうぜよ。
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