- 08.14 Fri [[旅 写真] 長野] 高山植物のお花畑 - 千畳敷カール
- 08.07 Fri [[旅 写真] 長野] 妻籠宿
- 03.29 Sun [[旅 写真] 長野] 水車小屋 - 安曇野・黒澤明「夢」の撮影地
- 03.28 Sat [[旅 写真] 長野] 大王わさび園 - 安曇野
- 03.26 Thu [[旅 写真] 長野] 安曇野
- 03.25 Wed [[旅 写真] 長野] 野麦街道
- 03.24 Tue [[旅 写真] 長野] 蔵通り - 松本・中町通り
- 03.23 Mon [[旅 写真] 長野] 開智学校 - 松本
- 03.22 Sun [[旅 写真] 長野] なわて通り - 松本
- 03.21 Sat [[旅 写真] 長野] 四柱神社
- 03.20 Fri [[旅 写真] 長野] 松本城
- 03.17 Tue [[旅 写真] 長野] 国宝・松本城
- 08.25 Mon [[旅 写真] 長野] 妻籠宿 - 中山道
- 08.18 Mon [[旅 写真] 長野] 霧ヶ峰
- 07.31 Thu [[旅 写真] 長野] 大正池 - 上高地





[ 長野県駒ヶ根市赤穂・千畳敷カール ]
千畳敷カールちゅうがは、長野県駒ヶ根市と宮田村に広がる「宝剣岳」の直下のカール地形(圏谷)の事ながです。
2万年前の氷河期に”氷”で削り取られて出来た地形で、駒ヶ岳ロープウェイで登って来たら夏は写真のような残雪が残ちゅう中に、高山植物が咲いちょり、遊歩道を一周(40〜50分)する事が出来るき、手軽な高山散策の地として観光客が多いがです。
そうは言うても、岩場もある山じゃきそれなりに足回りは注意の事ですき。
駒ヶ岳ロープウェイは、麓の「しらび平駅」(標高16625m)から標高2612mの日本一の高さの場所にある「千畳敷駅」まで、7分30秒 で上がって来るがでして、その高低差は950m、全長2332mの空中散歩が楽しめるが。
此処へ来るには、ロープウェイ乗り場の「しらび平」までの道は、マイカー規制がかかっちょりますき、”菅の台バスセンター”で「連絡バス」に乗り換えて来るようになっちょります。
高知関連は南国土佐へ来てみいやにあるき、こっちも見に来てや。
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ありがとうございました。

[ 長野県木曽郡南木曽町吾妻・妻籠宿 ]
妻籠宿は、旧中山道42番目の宿場で、現在では木曽路を代表する観光名所として有名な所です。
中山道(なかせんどう)ちゅうがは、江戸時代の五街道の一つで、「中仙道」とも表記するがですけんど、昔・某テレビ局の女子アナが、この「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」とか「きゅうちゅうさんどう」と記憶に残る、読見間違えハプニングもあったがです。
此処に来ると、江戸時代の面影を色濃く残す軒並みが並び、タイムスリップしたような気分にもなるがです。
高知関連は南国土佐へ来てみいやにあるき、こっちも見に来てや。
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[ 長野県松本市 ]
《開智学校の誕生》
開智学校は、明治6年5月6日、筑摩県学を改め学制による小学校として、廃仏毀釈で廃寺となった全久院の建物を仮の校舎として開校しました。
新校舎は明治9年4月に全久院跡地に竣工し、昭和38年3月まで約90年間使用された、わが国で最も古い小学校のひとつです。
《校名の由来》
当時各地に創設された学校は、時代にふさわしい何か意味のある言葉をもって名づけたものが多かったようです。
「開智」の校名は、明治5年8月学制発布の前日に公布された「被仰出書」の文中にある「〜人々自ヲ・・・・其身ヲ修メ智ヲ開キ才芸ヲ〜云々」から命名されたといわれています。
《開智学校の建築モデル》
建築様式は東京大学の前身である開成学校などを参考にしたもので、和洋混交の擬洋風建築です。
《学校建築の立役者》
校舎の建築には、学事を施政の中心にすえ文明開化政策を強力にすすめた当時の筑摩県権令永山盛輝の命を受け、地元の大工棟粱立石清重が設計施工したもので、現存校舎のほかに30余室の教室棟が設けられており「広大華麗・地方無比」とうたわれた大規模校でした。
《学校工事費》
工事費は、当時のお金で1万1千余円の巨額なもので、そのおよそ7割を松本町全住民の寄付により調達し、残り3割は特殊寄付金及び廃寺をとりこわした古材売払金などで調達しました。
松本市公式ホームページくるくるねっとまつもとから抜粋しちょります。
現在は「重要文化財」に指定されちょりましす。



ありがとうございました。

























































