- 07.12 Sun [[旅 写真] 奈良] 今秋「金堂落慶法要」 - 唐招提寺
- 05.17 Sun [[旅 写真] 奈良] 室生寺 - 女人高野
- 05.16 Sat [[旅 写真] 奈良] 長谷寺 - 花の御寺
- 05.15 Fri [[旅 写真] 奈良] 玄奘三蔵院伽藍 - 西ノ京
- 05.14 Thu [[旅 写真] 奈良] ぶらり西ノ京
- 05.13 Wed [[旅 写真] 奈良] 秋篠川
- 04.08 Wed [[旅 写真] 奈良] 桜 - 西の京
- 01.18 Sun [[旅 写真] 奈良] 奈良のシカ
- 04.30 Wed [[旅 写真] 奈良] 長谷寺
- 04.29 Tue [[旅 写真] 奈良] 女人高野 - 室生寺
- 04.16 Wed [[旅 写真] 奈良] 桜 - 若草山
- 04.15 Tue [[旅 写真] 奈良] 桜 - 興福寺南円堂の下・土産物店通り
- 04.15 Tue [[旅 写真] 奈良] 桜 - 春日大社
- 04.14 Mon [[旅 写真] 奈良] 桜 - 浮見堂
- 04.13 Sun [[旅 写真] 奈良] 桜 - 若草山
- 04.12 Sat [[旅 写真] 奈良] 桜 - 東大寺
- 04.11 Fri [[旅 写真] 奈良] 鹿 - 飛火野
- 04.10 Thu [[旅 写真] 奈良] 桜 - 興福寺境内南円堂の石段
- 04.10 Thu [[旅 写真] 奈良] 猿沢の池
- 03.10 Mon [[旅 写真] 奈良] 法隆寺−中門
- 03.08 Sat [[旅 写真] 奈良] コサギ
- 03.08 Sat [[旅 写真] 奈良] 法隆寺−夢殿[東院]
- 03.08 Sat [[旅 写真] 奈良] 法隆寺−西院伽藍
- 03.03 Mon [[旅 写真] 奈良] 春日大社
- 03.03 Mon [[旅 写真] 奈良] 興福寺

[ 講堂 ]





[ 奈良県奈良市五条町・唐招提寺 ]
平成12年(2000)から始まった「金堂平成大修理事業」も大詰めに来たがですねー。
今年の秋(2009年)には、「金堂平成大修理落慶法要」の運びのようですき。
長い間、工事棟に覆われちょった「金堂」が、姿を表すがです。
オンチャンが前回見たのは20年程前じゃったと思うがですが、井上靖の小説「天平の甍」を読んで見て見とうなって、見に行った事を覚えちょります。
また機会があったら、新しゅうなる「天平の甍」を見に行きたいと思うちょります。
高知関連は南国土佐へ来てみいやにあるき、こっちも見に来てや。
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[ 奈良県宇陀市室生区室生78 ]
近鉄大阪線の「室生口大野」駅からバスに乗り換え、山深い室生川沿いを走ること約15分でバス停「室生寺」に着きゆう。
バス停からは徒歩約5分ばあで、ようよう「室生寺」の入り口に到着ながじゃき。
室生寺は、8世紀の末期、僧「賢憬」が勅命により建立、女人禁制の高野山に対し万人の済度をはかり女性でもお参りが出来たとのことから、「女人高野」としても知られちゅうが。
また此処は、「石楠花」が有名で、石段の両側から覆いかぶさるように薄紅色の花を咲かせて「石楠花」の森が広がっちょった。
「石楠花」見ながら、石段を昇って行く”日本最小”として知られちゅう「五重塔」にたどり着くがじゃ。
この五重塔は、800年頃のがだそうで、石段の下から見上げると大きく見えるけんど、傍から見ると思ったよりこんまい塔で、高さが16m強とゆうから通常の五重塔に比べると1/3程度にかぁーらん。
1998年の台風7号の時ににゃ、強風で杉の木が倒れた際に屋根を直撃し、大被害を受けた事があったけんど、その後復旧されて元の姿を見ることができゆう。
此処から、更に奥にある「奥の院」までは長い道のりで、しまいにゃ400段近い急勾配の石段が待っちゅうがよ。
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[ 奈良県桜井市大字初瀬 ]
初瀬山の中腹に建つ本堂に向かって、長い回廊を昇ると本堂の舞台からは、初瀬街道沿いの門前町や僧坊が眼下に広がるがで。
此処は、西国三十三箇所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場としたち知られちよるけんど、「牡丹」の名所としたち有名じゃねー。
境内にゃ150種類以上、7、000株と言われる牡丹が満開になる頃にゃ、近畿近隣ははもちろんじゃけんど多くの観光客が訪れ、古くから「花の御寺」として名高いお寺やきねー。
また古典文学にも多く登場する場所でもあるがで。
「枕草子」、「源氏物語」、「更級日記」などが有名で、中でも「源氏物語」にある玉鬘の巻のエピソード中に登場する「二本の杉」は、現在も境内に残っちゅうようやき。
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[ 奈良県奈良市西ノ京町 ]
ご存知「西遊記」の三蔵法師のモデルとして有名な、中国唐時代の歴史上のお坊さんが「玄奘三蔵」やか。
三蔵法師の瑜伽行唯の教えは、東アジアに広まり、日本へは奈良時代に興福寺と薬師寺に伝来したとゆう事やか。
瑜伽行唯とゆうのは、心(識)ばあは仮に存在すると考え、深層意識の阿頼耶識が自分の意識も外界にあると認識されるものも生み出しちゅうと考え(唯識無境)、最終的にゃ阿羅耶識もまた空やきとする(境識倶泯)考え方のようやか。
ちっくと、難しい・・・・・(^^ゞ
この「瑜伽(ゆが)」とは、ヨーガの事やと。
一般的にゃ「ヨガ」と言うけんど、サンスクリットじゃー「ヨーガ」が正しいようやき。
その教えの流れを継承しちゅう宗派が「法相宗」で、薬師寺と興福寺が法相宗の大本山との事やき。
この「玄奘三蔵院伽藍」は平成3年に、分骨された「玄奘三蔵」の遺徳を顕彰するために建てられたもんやそうながです。
堂内にゃ、平成12年に平山郁夫画伯によって、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」が描かれちゅうが。
平山郁夫画伯が描いた壁画は、高さ2.2m、長さ49mの大壁画でして、中国からインドまでの「玄奘三蔵」の旅を7場面に描いた、スケールのふとい圧倒されるような壁画やか。
オンチャンが最初に行った完成後の平成13年は、1年間一般公開されちょったけんど、その後は期間限定の特別公開がされちゅうが。
今年平成21年は春の特別公開として、3月から6月15日まで公開されちゅうぜよ。
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[ 土壁のある路 ]

[ 玄奘三蔵院伽藍から見た薬師寺の五重塔 ]
[ 奈良県奈良市西ノ京町 ]
今日はオンチャンの「西ノ京」でのお気に入りの、崩れかけた土壁のある散策コースの紹介ながです。
近鉄橿原線「西ノ京」で下車して、まず行くのが「大池」やか。
此処は、早朝の大池から薬師寺方面の風景写真を撮りたくて集まる、写真好きな人には憧れの撮影ポイントじゃねー。
「大池」からは、池の北側を流れる川沿い(可なり汚染された川やけんど・・・・・)に、「西ノ京」駅の方にもんて線路を越え、「薬師寺」の南側の拝観入口から中に入るが。
境内を散策後、北口から出、ちっくと左折し直ぐに右折すると、この景色の路に出るがじゃき。
この土壁は、「龍眼寺」と「世尊院」のようやきー。
崩れかけた白壁土塁がなんとも趣があって好きな風景ながです。
偶にやけんど、直ぐ裏にある「玄奘三蔵院伽藍」に行き、平山郁夫画伯の玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」を拝観したりすることもあるがです。
玄奘三蔵は、「西遊記」でお馴染の中国唐時代の歴史上の僧侶じゃき。
そんで、この路をブラブラと北に進むと、「天平の甍」で有名な「唐招提寺」に行き着きゆう。
此処からは帰りのコースやけんど、「唐招提寺」を右に出て、線路を超え右に行くと「垂仁天皇陵」を左に見ながら近鉄橿原線の「尼ヶ辻」駅に出るか、「唐招提寺」を左に出て昨日ご紹介した「秋篠川」沿いを北上し、「尼ヶ辻」駅に出るコースで、散策するがです。
出張などで時間があったら、その日の気分次第で、こがな気ままな「小さな旅」を楽しんじゅうがです。
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[ 奈良県奈良市尼辻辺り ]
西ノ京の「薬師寺」や「唐招提寺」の東側を流れる「秋篠川」は、何の変哲も無い川で、川沿いの道は観光客の姿も無く、地元の方達の散歩コースになっちゅうような長閑な場所やか。
実はこの川の上流の奈良市秋篠にゃ、光仁天皇の勅願らぁ秋篠氏の氏寺じゃったなどと言われちゅう皇室所縁の「秋篠寺」があるがで。
その秋篠寺といえば「伎芸天」が有名で、像の美しい魅力に憧れてわざわざ大和まで来る女性が多い所でもあるようやか。
それにもう一つ関係するがは、皇室の「秋篠宮家」やきー。
平成2年に礼宮さまが御結婚後、皇室所縁の地名に因んだ「秋篠宮」の宮号を賜った「秋篠」はこの「秋篠寺」の事やながです。
当時、「紀子さま」の横顔が、「伎芸天像」に似ちゅうとの評判が起こり、多くの人が秋篠寺に訪れた事もあったがぜよ。
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[ 奈良県奈良市雑司町 ]
此処のシカ達は、古くは「春日大社」の「神鹿」であり、今は「国の天然記念物」で、奈良のシンボルとして、奈良公園近辺には沢山の野生のシカが保護されちゅうがです。
何故、奈良公園にシカが多いかと言うと、710年に藤原不比等が氏神として「春日大社」を創建した時、「鹿島神宮」から勧請した神様が白鹿に乗って春日山に入ったという言い伝えがあり、春日大社・興福寺のシカは神の使いである「神鹿」として今日にまで大事にされちゅうがです。
そのため、江戸時代まで「神鹿」のシカを傷つけたり、殺したりしたらエライ罪に処せられ、死刑される事もあったそうながです。
菩提院大御堂の境内(興福寺南側)には「石子詰伝説」として知られちゅう、「三作塚」なるものがあるがです。
これは実際に、シカを誤って殺したがために、石子詰(生き埋め)された子供の話ながです。
昔、三作という子供がお堂の側の寺子屋で習字をしよったと。
そこへ「神鹿」である春日大社のシカやってきて、廊下に置いちよった三作の習字草紙を食べたがです。
三作は鹿を追い出そうとして、現在の文鎮のような物を投げつけたところ、運悪く当たり所が悪かったようでシカが死んだがです。
その当時、「神鹿」を殺した者は石子詰の刑と言って、殺したシカと一緒に生き埋めにすると言う「刑」があっって、老若男女の関係もなく、当然、子供だからと言った容赦のない処刑法だったがです。
三作は捕らえられ、大御堂側の庭に掘った穴に、死んだシカと抱き合わせの形で入れられ、石を詰め込んで生き埋めにされたと言うがです。
その時、三作はまだ13才だったそうです。
悲しんだ三作の母は、三作の永年供養にと側に「紅葉」を植えたそうで、それから 「鹿にもみじ」の言葉が生まれたとか。
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ありがとうございました。
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