- 11.22 Sun [[旅 写真] 東京] 高尾山の紅葉
- 08.26 Wed [[旅 写真] 東京] 今度の土曜日 - 第29回浅草サンバカーニバル
- 07.26 Sun [[旅 写真] 東京] 花火の余韻
- 07.24 Fri [[旅 写真] 東京] 立川昭和記念公園
- 07.22 Wed [[旅 写真] 東京] 西新井大師
- 07.20 Mon [[旅 写真] 東京] 風鈴祭り - 西新井大師
- 07.10 Fri [[旅 写真] 東京] 四万六千日 - 浅草寺
- 07.08 Wed [[旅 写真] 東京] ”ほおずき市” (7月9日〜10日)- 浅草寺
- 06.19 Fri [[旅 写真] 東京] 高幡不動尊
- 06.05 Fri [[旅 写真] 東京] 喉を潤した竜
- 06.03 Wed [[旅 写真] 東京] 青ヶ島
- 05.30 Sat [[旅 写真] 東京] 不思議の国のオンチャンたち
- 05.28 Thu [[旅 写真] 東京] 明日の神話「岡本太郎」 - 宝の持ち腐れ
- 05.26 Tue [[旅 写真] 東京] 日テレ大時計 - 汐留シオサイト
- 05.24 Sun [[旅 写真] 東京] 虚栄のビル群 - 汐留シオサイト
- 05.22 Fri [[旅 写真] 東京] 汐留シティーセンター - 汐留シオサイト
- 05.20 Wed [[旅 写真] 東京] 亀の噴水 - カレッタ汐留
- 05.12 Tue [[旅 写真] 東京] 高尾山薬王院飯綱権現堂 - 天狗の住む霊山
- 05.08 Fri [[旅 写真] 東京] 浅草の年中行事が描かれた壁画 - 銀座線浅草駅地下連絡通路
- 05.07 Thu [[旅 写真] 東京] 失われつつある江戸東京の歴史遺産 - 江戸東京博物館
- 05.06 Wed [[旅 写真] 東京] 旧国技館では「あしたのジョー」で”金竜飛戦”が行われた
- 05.05 Tue [[旅 写真] 東京] 昔は「大川」、「大川端」辺り - 隅田川
- 05.04 Mon [[旅 写真] 東京] 駒形の渡し - 隅田川
- 05.03 Sun [[旅 写真] 東京] 金ウン(運)はあるやろか - 浅草
- 05.02 Sat [[旅 写真] 東京] 船のマストのオブジェ - 竹芝桟橋




[ 東京都八王子市高尾町 ]
”たかお”は”たかお”でも京都の高雄じゃのうて、東京の高尾山の方の紅葉ながです。
ミシュランガイドにも載ってからと言うもの、老若男女の大勢の観光客が押し寄せるようになったけんど、逆に山を軽視しちゅう人らーが多いと言う話題でも有名な、都心からも近くて手頃な山登りが出来る山ながです。
丁度、紅葉全線真っ只中じゃないがですろうか。
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[ 東京都台東区浅草 ]
浅草の夏を締めくくる「浅草サンバカーニバル」は、毎年8月の最終土曜日に開催されゆうがでして、今年も今度の土曜日(8/29)に「第29回浅草サンバカーニバル」が開かれるがです。
1981年に浅草の街を元気にしようと、当時の台東区長である「内山榮一」と浅草喜劇出身俳優の「伴淳三郎」の発案により実施されたと言われちょります。
今では東京下町の夏を代表するお祭りのひとつにまで成長し、出場するチームも全国区になっちょり、本国ブラジルでも認識されちゅう、日本で最大のサンバカーニバルながです。
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[ 東京都 ]
何年か前の「足立の花火大会」の写真です。
花火大会は「夏の風物詩」じゃねー。
華やかに大輪が開き消えていくまでの余韻が何とも言えんがです。
けんど、最後の花火が打ち上がって光と音が一瞬静寂を取り戻し、人々が帰りを急ぐざわめきが聞こえ出すと、「ああー、今年の夏も、もう終わりじゃ」と言う、何とも言えん寂しさが残るがが嫌!。
今夜も、何処かの夜空に「光」と「感嘆」のどよめきが・・・・・。
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[ [ 東京都立川市緑町・立川昭和記念公園 ]
今年の園内の「ひまわり」の開花情報は、まだ”つぼみ”と表示されちょりました。
また明日7月25日(土)は、荒天じゃなかったら予定通り19:20〜20:30まで、恒例の「花火大会」もあるがじゃねー。
”ひまわり”より先に、立川の夜空に光の大輪が花開くがです。
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[ 東京都足立区西新井1丁目・西新井大師 ]
「西新井大師」と言う名は通称で、五智山遍照院總持寺と言うのが正式な寺名のようです。
弘法大師(空海)が”西新井”を通った際、本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音を彫り、天長3年(826年)に建立したがが始まりちされちゅう古いお寺なが。
「火伏せの大師」・「厄徐開運」の霊場としても有名で、毎年5月頃には境内の牡丹も有名ながです。
また毎月21日には縁日が立ち賑わい、参道には大師名物の「草だんご屋」も並び、「お大師様」と呼ばれ親しまれちゅう。
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[ 東京都足立区西新井1丁目・西新井大師 ]
西新井大師は、空海が創建といわれているお寺ですで、川崎大師と共に「関東三大師」の一つに数えられちょって、毎年の正月の初詣には参拝客で賑わう事でも有名な所じゃねー。
その西新井大師で行われゆう、夏の風物詩・「風鈴祭り」ながです。
南部鉄・清水焼・九谷焼・江戸風鈴等、全国各地からたくさんの風鈴があつめられちょって、境内に涼しげな音色が響き渡りゆうがです。
今年は、7/11(土)から始まっちょって、8/2(日)まで開催されるようです。
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[ 東京都台東区浅草2丁目・浅草寺 ]
観音様の「功徳日」ちゅうがは、決められた日に参拝したら100日分、1000日分の参拝に相当するご利益(功徳)があると信仰されてきたがです
例えば、下記のように1年を通じて「功徳日」が決まっちゅう。
1月1日 100日
2月晦日 90日
3月4日 100日
4月18日 100日
5月18日 100日
6月18日 400日
7月10日 46000日
8月24日 4000日
9月20日 300日
10月19日 400日
11月7日 6000日
12月19日 4000日
中でも7月10日の功徳日は、そのご利益が1000日分と最も多く、千日詣でと呼ばれちょったそうですが、ここ浅草寺では、享保年間(1716〜1736)頃より、「四万六千日」と呼ばれるようになって、
そのご利益も四万六千日分に相当すると言われるようになったと・・・・・。
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[ 東京都台東区浅草2丁目・浅草寺 ]
明後日7月10日は、観音様の「四万六千日」なが。
この前日9日(明日)から10日の2日間、浅草寺境内では「ほおずき市」が開かれるがです。
元々は、東京・芝にある「愛宕神社」の縁日に始まりのようで、観音さまの功徳日になろうて「四万六千日」と言いよったそうながですが、観音様の「四万六千日言うたら”浅草寺”じゃろう」と言う事から、市が浅草寺境内に立つようになったらしいがです。
350〜400店(もっとかも・・・・)程の露店から威勢の良い売声がかけられ、夜を徹して賑わうぜよ。
東京にも「夏」を告げる恒例の「「ほおずき市」ながです。
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[ 東京都日野市高幡・高幡不動尊 ]
ここ高幡不動尊は都内でも有数の”アジサイ”の寺として有名ながです。
特に”山アジサイ”が咲き誇るがです。
寺は”関東三大不動”の一つとして信仰され、「高幡のお不動さん」として親しまれちゅう。
またこの寺は新撰組の”土方歳三”の菩提寺でもあるき、境内には土方歳三の銅像が建っちょります。
なお”土方歳三”の墓は、多摩川を挟んで対岸の”愛宕山地蔵院石田寺”にあるが。
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[ 東京都 ]
2年前の写真で、雨上がりの空にかかる虹なが。
なんで「虹」と言う字は「虫偏」ながやろうかと思うて一寸調べてみたがやけんど、中国では蛇も「虫」の一種で「竜」もその仲間とする風習があるがやと。
そんで造りの「工」の方は”空”や”貫く”という意味があるらしいが。
と言う事で「虹」は、”空を貫く大蛇(竜)”と言うように、考えるようながじゃき。
それに中国の神話には,「虹」は”水を飲むために空に現れた地下に住む大蛇”じゃと言う話もあるようながです。
雨上がりに空に見ることの出来る「虹」は、雨に中、空に登った竜が、”空に溜まっちゅう水(雨)を飲み干した時にだけ、その姿が見れると言う事じゃねー・・・・・(^^♪
この写真の「虹」は、地上側が鮮明じゃき、水を飲み終わった竜が「地」の中に戻りゆうがですかねー。
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[ 東京都青ヶ島村 ]
ここも東京都なが。
東京から南に約360km、一番近い八丈島からでさえ約70km南にある、伊豆諸島の島の中で最も南にある有人島ながです。
この島は火山ランクCに分類されちゅう火山島で、世界でも珍しい二重のカルデラの複成火山の島でして、外輪のカルデラの中央には”椿”が植えられ緑が綺麗な「丸山」ちゅう内輪山がある、今でも火山活動のある活火山なが。
因みにこの「丸山」は1785年の「天明の別れ」と言われちゅう大噴火で生じた山で、当時327人おったとされちゅう島民の殆どは八丈島に非難したそうじゃけんど、内125人は非難が間に合わんかって火山の爆発に巻き込まれて亡くなったと言う悲劇の島でもあるがです。
この島は太平洋の海の中から突き出たような島じゃき、島の周囲は海岸ものうて高さ50〜200mほどの直立する切り立った断崖絶壁が続いちより、外輪山の北西部分に当たる大凸部と呼ばれちゅう最高点で標高≒420mもある周囲7km程のこんまい島なが。
この写真撮影の地点(この地点の標高域が住居域ながです)からでさえ、内輪山の「丸山」の麓から約100m近くはゆうにあるがぜよ。
船の着く岸壁はあるけんど、昔は港から生活エリアの島の頂上までは切り立ったがけをジグザグに登り下りしよったらしいし、天候に左右されて船の接岸も出来んかったらしがです。
今は岸壁から内輪に通ずるトンネルが出来て便利になっちゅう。
2005年当時で、交通手段は八丈島から毎日1往復の船で約2時間30分じゃけんど、悪天候じゃと船が接岸出来ん事もあって、就航率は約60%じゃし、空からじゃと滑走路が無いきに八丈島から「東京愛らんどシャトル」のヘリコプターが毎日1往復、所要時間20分で飛びゆうけんど、此方も天候に左右され就航率は90%程度じゃと言う事です。
但し定員が9名じゃき、要予約しちょかんと乗れんが・・・・・(^^♪
青ヶ島へは1995年に仕事で行ったがですが、当時ヘリは2日に1回1往復じゃったがです。
前日の夕方、東京から八丈島までYS−11で飛び1泊し、2日目の朝ヘリコプターで青ヶ島入り。
仕事は2〜3時間で終わったけんど、その日に飛ぶヘリは無いき青ヶ島の民宿泊まり。
3日目も、ヘリは飛ばんきに島内散策で時間潰し。
しかしレンタカーも無いし徒歩で100m程の内輪の底部まで上り下りしたがは、言うまでもないけんど・・・・・(^^ゞ
そんで、4日目の朝ようよう折り返しのヘリに乗って、八丈島経由で東京に戻ると言う、半日仕事の為の長旅じゃったがです。

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[ 東京都千代田区外神田1丁目 ]
此処は昼下がりの秋葉原。
神田明神通りの秋葉原だダイビルの入り口近くにあるオープンカフェ。
休憩を楽しむオンちゃんらー姿が、ビルのガラスの向こうの「異空間」に溶け込んじょりました。
時代の変遷と共に街自体が様変わりしてきた昨今。
今ではアニメやフィギュアが溢れ異空間になっちょり、昔オーディオ製品を求めて歩き回った電気街の面影は少しずつ消えていきゆう。
そんな若者たちの流れの中に、新しいビルが建ち、ネクタイ姿のビジネスマンの姿も違和感なく共存する街に様変わりして来ちゅう。
それだけ東京も一極集中しすぎて、昔あった街の個性がなくなりつつある証拠じゃねー。
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[ 東京都渋谷区渋谷2丁目 ]
大阪万博のシンボルタワー「太陽の塔」に並ぶ、岡本の代表作「明日の神話」じゃねー。
TVでは見たけんど、実物は縦5.5m、横30mのの巨大な壁画じゃった。
昭和29年(1954年)に、遠洋漁業に出ちょったマグロ漁船「第五福竜丸」の乗員23人が、ビキニ環礁で行われた水爆実験の死の灰を浴びる事件があったがです。
この壁画は「「第五福竜丸」の被爆した時の水爆の炸裂の瞬間をテーマにしちょって、悲惨な体験を乗り越え、再生する人々のたくましさを描いたとされちゅう。
実物を見とうて、3月に見に行ったけんど、圧倒されるスケールじゃったが。
場所は、渋谷マークシティの「京王・井の頭線渋谷駅」と「JR渋谷駅」を結ぶ連絡通路にある。
この壁画の恒久設置先を巡り、被爆地「広島市」や「長崎市」の市民団体、それと渋谷区が誘致運動を行ったけんど、最終的に渋谷が決まって此処に展示されるに至ったがです。
その一般公開は昨年2008年10月17日で、TVの特番等で流されたき記憶に新しいと思うがです。
一般公開時には、都会の「物珍しさ」と「新し物好き」の大勢のギャラリーが詰掛けたけんど、僅か半年足らずの現状は、行きかう人の波は多くても、壁画に目をやる”余裕”も”関心”もない通行人ばかりで、立ち止まる通行人さえおらんかった。
逆に、オンチャンの方が写真を撮りよった間、通行人からは奇異な眼で見られよったが・・・・・。
展示場所を間違えたねー。
この壁画も大勢の眼にふれ、観る者の心に「感動を残す」ような作品じゃと思うが。
「大勢の者」とは通行人の多さじゃないぜよ。
長崎の「原爆資料館」や広島の「平和記念資料館」のような場所で、大勢の眼に触れた方が「壁画」も生きるし本望じゃないがですろうか。
何でもかんでも「欲しがる」行為は、愚の骨頂(最も馬鹿げたこと)ぜよ。
ハッキリ言うて 此処には不釣合いで必要ない壁画じゃ・・・・・このままじゃ、ただの宝の持ち腐じゃねー。
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[ 東京都港区東新橋1丁目 ]
このエリアで一番人だかりが多いがが、「日テレ」の大時計の前じゃねー。
世界最大級のからくり時計じゃそうで、高さ10m、幅18m、奥行き3mの総重量が28tもあるがですと。
「宮崎駿」デザインらしゅうて、そう言われて見ちゃー「スタジオジブリ」の映画に出てきそうなイメージじゃき。
しかし残念ながら、このブログにUPするまで「からくり時計」じゃとは知らなんだき、どんな動きを知るのかは見ちゃーしません・・・・・(^^ゞ
「宮崎駿デザインの日テレ大時計」ちゅうサイトがあったき、そっちを見てみてや。
大まかな動きのイメージはつかめるき。
この時計の下で毎朝「ズームイン」が放送されゆうが。
日テレタワーを見上げて写真を撮りよったら、直ぐ脇に、人間をイメージしちゅうオブジェ(一番下の写真)があったけんどなんですろうー?
用途は「ベンチ」かよ???
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[ 汐留タワー(左)と、汐留シティーセンター(右) ]

[ 汐留タワー(左)と、日テレタワー(右) ]

[ 電通ビル(右)の鏡面ガラスに写り込んだ、汐留タワー(左) ]

[ ビルの配置 ]
[ 東京都港区東新橋1丁目 ]
JR新橋駅すぐ近くの「旧国鉄汐留貨物駅跡地」を利用した、再開発都市で、日テレタワー等13棟の高層ビルが一つの街並みを造り、各施設が地下通路と繋がっちゅう。
こうした衣食住じゃのうて、仕(仕事)・衣・食・住環境のまとまった施設と言うか街造りは「地方都市」ではありえんき。
出来たとしても、規模が違うよねー。
「人が集まるから街が出来る」は昔のことで、現在社会は便利さを追い求めた新たな複合施設を兼ね備えた都市開発が生まれるから、「人が集まる」し交通体系もさらに便利に繋がっていく。
地方は財源が無いから活力が衰退し、どんどん置いてけぼりじゃねー。
これまで何度か話題になっては消えた、行政機関の移転問題。
高速交通の利便性もよくなった今こそ、行政機関の移転に伴う都市機能や大企業の移転も含め真剣に議論して、一極集中じゃのうて、地方に財源が落ちるような仕組みにし、地方都市の活性化につなげるべき時代が来てるんじゃないかよ。
大店舗出店を有利にさせた悪政「規制緩和」の荒波に飲み込まれ、今や全国の地方都市の駅に降り立ったら、シャッターが閉ざされ寂れた商店街の閑古鳥の鳴きゆう。
地方は、財政難を含め重たい問題を抱え、沈没しかけている「難破船」ですき。
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[ 東京都八王子市高尾町 ]
高尾山は東京都西部八王子市に位置する標高600m弱の山で、首都圏からのアクセスの良さや、或るガイドブックで富士山と並び三ツ星に選ばれた関係で、話題を集めちゅう、最近特に観光客の多くなった観光地じゃねー。
ただ多くの観光客は、幾ら低い山やゆうたち「山」をナメちゃーせんかよ。
舗装をしちゅうがは途中までで、後は足場のわりぃ山道ぜよ。
「原宿」じゃ「渋谷」・「六本木」界隈やないがに、若い女性がハイヒールで歩いちょったり、それに「高齢者」らーの姿も多く、気軽に軽装で登っちゅう姿が多い。
高尾山は、”霊山”とした長い歴史を持つちゅう「山」です。
此処「高尾山薬王院有喜寺」は真言宗智山派の大本山で、成田山新勝寺、川崎大師平間寺とともに、関東三山のひとつにもなっちゅう、元来は修験道の”霊場”で”寺域”やか。
奈良時代の僧、「行基」によって薬師如来を安置したことが始まりとされちょって、南北朝時代に「俊源」という高尾山中興の祖が祀った「飯綱大権現」が多くの信奉を寄せ、戦国時代にゃ武田・上杉・北条氏から、江戸時代にゃ多くの庶民から崇敬され、今日に至っちゅうがです。
また写真にゃないがですが、「天狗」は御本尊「飯縄大権現」を守る役目やき、シンボルとして立っちゅうがです。
だから此処「高尾山」は”聖域”で「天狗の住む山」やき、気楽に行ける山やと思ってナメタラいかんぜよ・・・・・(^^♪
不注意な行動は他人にも迷惑をかける事にもなるき、途中で行けんそうやとと思うたら、「下山するがも勇気ぜよ」。
もし如何しても”気軽”に”軽装”とゆうがやったら、中腹にある此処「高尾山薬王院」辺りまでにした方がエエと思うけんどねー。
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[ 東京都墨田区横網・両国国技館 ]
大相撲が現在のように屋内で興行されるようになったがは、明治42年(1909)に両国の回向院境内に建てられた初代「両国国技館」が始まりのようやか。
けんど大正6年に失火で全焼後再建されたそうやけんど、関東大震災や東京大空襲で被災と、その都度再建されたけんど、戦後占領軍に接収され、昭和57年(1982)に解体されるまで「メモリアルホール」と名前も改名されちょったがそうながです。
両国国技館で興行が出来んようになった相撲協会は、明治神宮外苑や浜町の仮設国技館などで興行を続けちよったけんど、新たな興行場所として昭和25年(1950)に仮説完成したがが「蔵前国技館」で、この頃からテレビでもお馴染の柱の無い吊り天井となったそうやか。
この「蔵前国技館」の時代にゃ相撲史に残る「栃錦vs若乃花」・「柏戸vs大鵬」・「輪島vs北の湖」戦等の名勝負が行われた時代やき。
また相撲以外にもコンサートやプロレス・ボクシング等の試合会場としても使用されちゅうが。
「キャンディーズ」の”10000人カーニバル”や”10000人カーニバル Vol.2”のコンサートも此処で行われちゅうがぜよ。
また架空の試合やけんど「あいたのジョー」で矢吹丈が金竜飛戦を行った会場やったがです。
現在の「両国国技館」に引き継がれたのは、昭和60年(1985)からさら興行場所として使用されちゅうが。
結局「両国国技館」としちゃ、2代目とゆう事やき。
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[ 東京都台東区蔵前1丁目 ]
蔵前橋から見た隅田川の上流側やき。
手前から「厩橋」・「駒形橋」・「吾妻橋」そして電車が走っちゅう所が「東武線」の橋梁ですき。
此処から出ちゅう「東武線」は、伊勢崎線と日光線で、ロマンスカーを良く利用して、さいさい「日光」に行ったことがあるがや。
因みに池袋からは「東上線」が出ちゅうがです。
今じゃ、荒川から分岐した岩淵水門から河口までを「隅田川」ちゅうて言いゆうけんど、江戸時代にゃ「吾妻橋周辺」より下流を「大川」と呼びよったそうやき、その昔の隅田川と言う俗称ははこの写真に写っちゅう範囲より上流域のようながです。
と言う訳で、この辺は昔の「大川」で、写真の隅田川右岸辺り(左側)が「大川端」と呼ばれた辺りぜよ。
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[ 安藤広重の”駒形堂と駒形の渡し” ]
[ 東京都台東区雷門2丁目 ]
吾妻橋から見た隅田川の下流方面やか。
向こうに見える橋は駒形橋ゆうて、右(西側)に行くと上野駅やき。
この橋が出来たがは「関東大震災」後の復興計画で架橋されたものがやき、それ以前は「駒形の渡し」があった場所だそうなが。
橋の名前の由来は、橋の右端に映っちゅう”樹”の生えちゅう場所にある、馬頭観音を本尊に祀る「駒形堂」から付けられたようやか。
また吾妻橋の袂にゃ、こじゃんと屋形船が係留されちょって、特にこれからのシーズンは、提灯に灯りが灯りお客さんを乗せた屋形船が東京湾に浮かぶ光景を見ることが出来るき。
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