皆中稲荷神社 - 新宿区

[旅 写真] 東京
10 /15 2016
皆中稲荷神社 - 新宿区

[ 東京都新宿区百人町 ] 


JR山手線・新大久保駅で降りて、西口からちょっとのビルとビルの間に、皆中稲荷神社が鎮座しています。

御祭神は、倉稲之魂之大神・伊邪那岐之大神・伊邪那美之大神・諏訪大神・日本武命だそうです。

神社縁起

天文二年(1533)九月二十七日稲荷之大神を神社に奉斎。
以来此の地の総社として鎮祭、新宿の発展と共に重要なる地位を与えられ由緒ある歴史をもつ神社として篤く信仰されております。

寛永年間、徳川幕府が「鉄砲組百人隊」を(現在の新宿区百人町)に駐屯させてより「鉄砲組百人隊」は旗本や上下の士に篤く信仰され、また町名も百人町と名づけられました。(百人町の由来)

当時、鉄砲組与力が射撃の研究に精魂を傾けておりましたが、なかなか思うに任せず、一夜煩悶のまま眠りに落ち入りましたところ、稲荷之大神が夢枕に立たれ霊符を示されました。

翌朝不可解なまま社頭にお参りを済ませ、大矢場にて射撃を試みたところ百発百中、全て的中、見事な進境に驚いたとのことであります。

これを目のあたりに見た旗本の士が競って霊符を受け射撃をしたところ、みな百発百中的中したと伝われます。

この話しが、近郷近在に伝わり、唯射撃のみでなく様々な願い事をする参詣者が日増しに多くなり、不思議な神託霊夢など幾多の霊験あらたかなものがあり、世人はこの神社を「皆中(みなあたる)の稲荷」と称えるようになり、それ以後「皆中稲荷神社」と云う名で呼ばれるようになりました。

【 参考・引用 】  神社縁起より


実はこの神社、神社名は「皆中稲荷神社 (かいちゅう いなり じんじゃ)」なんですが、皆中と書いて「みなあたる(みな当たる)」とも読むとも言われ、そのまんま「宝くじが良く”的中する”」という御利益のある神社として有名な神社です。

皆中稲荷神社 - 新宿区
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春日局墓 - 文京区湯島

[旅 写真] 東京
07 /30 2016
春日局墓 - 文京区湯島

[ 東京都文京区湯島・麟祥院 ] 


東京都文京区湯島にある麟祥院は、徳川幕府第3代将軍・徳川家光の乳母・春日局の菩提寺です。

春日局(斎藤福)、天正7年(1579年) - 寛永20年9月14日(1643年10月26日)。

「春日局」とは朝廷から賜った称号である。

父は美濃国の名族斎藤氏(美濃守護代)の一族で明智光秀の重臣であった斎藤利三の三女として生まれる。

江戸城大奥の礎を築いた人物であり、松平信綱、柳生宗矩と共に家光を支えた「鼎の脚」の一人に数えられた。

この春日局の墓石はちょっと変わっていて、四方に穴が開いていることです。

これは「死して後も天下の政道を見守り、之を直していかれるよう黄泉から見通せる墓を作って欲しい」と言う、春日局の遺言によると言われています。


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祐天寺の桜 - 目黒区中目黒

[旅 写真] 東京
05 /05 2016
祐天寺の桜 - 目黒区中目黒

[ 東京都目黒区中目黒 ] 


渋谷と横浜方面を結ぶ東京急行電鉄・東横線の駅に祐天寺と言う名の駅がありますが、駅名の由来は近くにある写真の祐天寺と言う寺院からです。

創建は享保3年(1718)で、江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗より「明顕山祐天寺」の寺号が授与され、以後徳川家の保護を受けるなどして栄えた浄土宗の名刹です。


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オンチャン


[拠点]
土佐を脱藩して幾年月か経つちよったけんど、2007年にやっと土佐に帰藩したがじゃき。
そんでも仕事で諸国行脚に、チョコチョコ出かけちゅう。
[嗜み]
好きな音楽はジャズとボサノバ、それに写真と旅が好きじゃねぇ。
[使命]
明日を目ざいて、諸国をアッチへ行ったり、コッチへ行ったり「東奔西走」しゆうが。

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